よろしくメカドック 2(おまけ)

 

 

ちょうど「よろしくメカドック」がジャンプで連載されていた頃、小学館の「幼稚園」83年6月号に載っていたグラビアです。ちょうど良かったのでこちらで紹介したいと思います。

「じどうしゃいっぱいずかん・じどうしゃが27だいせいぞろいしました。あなたはなんだいしっていますか。」とのこと。懐かしいですね~。思わず童心に返りたくなる企画です。

「セリカXX」「サバンナRX-7」「ピアッツア」「シティターボ」・・・メカドックに登場したお馴染みの車がみんな載っています。なんだか感動してしまいました。

 

 

このグラビアが載っていた「幼稚園」です。これは近年入手した物ですが、83年の6月といえば私もちょうど幼稚園に通っていた頃なので、きっと当時も買ってもらっていたに違いありません。ああ懐かしい・・・。この表紙の子供達も私と同じ年齢くらいになってるんですね~。

右は「じどうしゃいっぱいずかん」の裏側です。この手の雑誌定番のおもちゃの懸賞ですね。これもまたマニアにはたまらない・・・。

男の子はマクロスとダイナマン、女の子はリカちゃんとミンキーモモとレディジョージィが大PUSHされています。今でも欲しい!!

そして次のページは「忍者ハットリくん」!子供の頃はケムマキが嫌いだったけど、大きくなってから見るとケン一氏の方がムカつきますよね(笑)。


そして、懐かしい我が家のアルバムから・・



83年4月頃の写真で、当時の父の愛車です。父は82年に免許を取って、一番最初に購入したのがこの車でした。トヨタのスプリンターです。我が家にとって一番最初の車で、小さい頃、この車に乗っていろんなところへ遊びに行ったので私にとってもとても愛着があります。トランクの床が錆びて穴が開いてしまうという凄まじい最後を遂げた車なんですが(実は不良品だった??)、今思えばそんな出来事もとても懐かしいです。

ミラーの形も懐かしいですね。この次に購入した車(80年代後半購入)は、既にドアミラーになっていたので、この時期がフェンダーミラー末期だったんじゃないでしょうか?最近、この形はタクシーくらいしか見かけませんが、私はこのミラーの方が好きなんですよ。特に70年代はこちらが主流だったので羨ましいです。最近の車はどれを見てもあまりピンとこないのですが、70年代独特の角ばった車のデザインがとても好きで、あれなら乗ってみたい、自分で運転してみたい!と思えます。

ちなみに、運転席に写っている冴えない男が私の父。何気にポロシャツと車のデザインがカブってますよ(笑)。ズボンが短すぎて白いソックスが覗いているのがまた泣かせる。おまけに革靴!!!当時まだ30代前半~半ばだったはずなんですが、どう見てもオッサンという風貌でした。今は40代・50代でもこんな格好の人っていないですよね~。それも時代を感じます。



正面から見たところ。初心者マークが付いています。どこかの駐車場みたいですが、周りの車も懐かしい・・。

左は私と母。運転席に座らせてもらって喜んでいます。当時、私は4歳。母は28歳・・。ああ、こんな時代もあったのか・・・。今ではこの当時の母の身長も体重も超え、ついでに年齢まで追い抜いてしまった・・・。


そしてそれから18年後・・・。ついに私も・・・。



「卒業記念」と書かれていますが、何を卒業したかというと、自動車学校の卒業なのです(笑)。

ちなみに向かって右から2番目が私。座っているのが生徒で、後ろに立っているのが担当の教官です。こんな記念写真を撮影する自動車学校って私が通ったところ以外にもあるんでしょうか??何の前触れもなく、合格したことが知らされた後、いきなり「写真を撮ります」と言われて写ったのがこの写真・・・。なんだか仲良さげに見えますが、全員ほとんどこれが初対面(笑)。みんな無表情ですが、内心「えええっ!?」と衝撃を受けていたに違いありません。

ずっと忘れていましたが、2001年(平成13年)7月1日に受けていたようです。

でも、衝撃はこればかりではありませんでした。

 



左が卒業写真に同封されていた手紙。気をつかっているようでいて、追伸欄でちゃっかり生徒募集を呼びかけているところが素敵ですね。

そして、右がそれからしばらくして送られてきたハガキ。しかも教官の写真&直筆メッセージ入り!!これには爆笑してしまいました。美味しすぎですよ。面白かったので写真と一緒に今まで保管していました。こんなアットホームな演出をしておきながら、また「お友達をご紹介して下さい」と営業に余念がないところが商魂たくましいというか何と言うか・・。とにかく侮りがたしな学校ですね。

「よろしくメカドック」と随分話が遠のいてきましたが、車ネタつながり、「おまけ」ということで許してくださいね(笑)。




2009年12月2日 記